猫山 法師越え 2005/02/5 
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− 西行法師を偲んで、法師越えを行く −


艱難苦行を我に与えたまえ???

今日は雪の予報で、山行きは無理だと思ったが、朝食を終わっても雪の降る気配はない。

気になっていた法師越えを歩いて見ることにする。

滝の宮の道の駅に駐車。

急遽決定したので、カシミールの地図を持参していない。

四国の道の地図があるのでこれで大丈夫だろうと出発。
これが後で、大失敗の元となる。

ここから法師越えを越えて、金剛院に出て、猫山に登り、阿弥陀越えを越えて畦田に出て、滝の宮道の駅に帰る。
行程25qほどのちょっと時間的にはきついかなと言うコース。

10時50分丁度スタート。



うどん会館の前から綾川に向かって下りていく。



何時も32号線から見ている朱塗りの橋を越えると、静かな参道となる。



西行法師昼寝の石。

ずいぶんと小さな石の上で昼寝したものだ。

右は、綾川渓谷の碑



鮎川の滝の碑がある。
何処に滝があるのか覗き込んだが、見あたらない。

ダムや道路が出来る前には渓谷や滝があったのだろう。



由加神社につくと沢山の牛の石像が奉納されている。






ローソクの奉納を禁じたら参拝客がこなくなったので、昔の繁栄を取り戻そうと椎茸鳥居を造ったとか。
鳥居に椎茸がニョキニョキ生えている。



此処は念仏踊りで有名だとか。
なかなか立派な神社だ。



滝の宮天満宮に向かう。





梅が満開の滝の宮天満宮。

此処の念仏踊りはずいぶんと派手な衣装で踊るみたいだ。





滝の宮天満宮から、南へと向かう。琴電の踏切を渡ると遙か向こうに大高見峰が見えてくる。



右には堤山。正面は大高見峰。



この辺は立派な農家が多い。
ピンクの花序はコリヤナギ。
皮をはいで柳行李を作る材料になるらしい。
思い出せば、就職で初めて東京へ行く時、ホンダのN360の軽四の屋根に柳行李を積んで
名神東名を走っていった。
途中でプラグが焼き切れて、大変な目にあった。
あれからもう30年以上になる。



のどかな田園地帯の向こうに大高見峰、猫山、城山そして堤山が並んでいる。



昔小学校の時、香川の家は雨が少ないので、家の壁に板を張らず土壁のままであると習った。

最近は殆ど見かけないが、この辺は土壁の家が多い。

田圃にはナズナが群生している。



県立農業経営高校の大きな農場がある。



サンシュユはまだ蕾。

ピンクの藻が発生しているため池



ミニ八十八カ所のあるため池




光貴寺の大きな樹



御山大橋から河原を見ると、土砂で川の底が上がっているのが解る。
正面に大高見峰





綾川の御山大橋を渡って直進し国道377号を横断するとやっと、未舗装路の昔の道に出会う。

しゃれた白壁の家の横から小川沿いに入っていく。
この区間だけが、古道歩きを楽しむことが出来る。

竹林の中を行くと立石神社に着く。
巨石がご神体の小さな祠だけの神社だ。



坂道をエイヤッと上ると突然広い立派な舗装路(造田綾南線)に出る。

この広い道路が出来る前は、峠越えの人が立ち寄ったと思われる商店がひっそりと役目を終えていた。

後は、最近広く整備された県道をひたすら歩くことになる。



広い整備された県道を淡々と登っていく。
道の両脇には昔のお地蔵さんが沢山祀られている。

2時間かかって、四国の道の椎尾八幡宮への分岐(長谷)に着く。此処まで7qほど。
此処を左に曲がれば、椎尾八幡宮へ4.3qの道のりだ。

私達は此処から右へ金剛寺へ(4.6q)と向かう。



ここで雪が降り出し、段々本降りとなってくる。
正面の大高見峰も雪で霞んでいる。

この道もガードレールが新品で、最近新しく整備されたことが解る。
所々に古い道路が残されていて、そこは車が対向出来ないほどの細い道路だ。

左川には、農家と小さな畑があるが、昨年の台風被害で、畑は大きく削られ、
小川は土砂が大量に堆積している。



道路の勾配がきつくなってくる所に、西行法師の石像がある。

文政11年に石工天王寺屋iによって作られ、昭和50年にこの小屋が出来たと書かれてある。

可愛い素朴な表情をした法師像だ。

このそばに法師が休んだと言われる安帽子橋が有るらしいが、新道と道路崩壊で橋が見あたらない。

西行法師は、白峰寺で崇徳院を偲び御陵を訪ねた後、弘法大師の跡を慕って善通寺で庵を結び
3年ほど暮らしたという。
その時大高見峰の大崩壊を見に来て、金剛院に寄りこの峠を越えて帰ったそうだ。
大高見峰が大崩壊するとは、昨年の台風23号よりも強烈な台風が来たのだろうか?



左の水路は、石積みで綺麗に整備されているが、この先大きく回り込んだ所で、砂防ダムとともに
大崩壊。重機が出て改修工事が行われていた。

左に大きな池のある所で、正面に大川山を望むが雪で霞んで全く見えない。

金剛寺まで2.5qの標識で、大きく右に回り込むように曲がる。



正面に大高見峰、小高見峰を望みながら法師越えへ向かっていく。

山肌の崩壊箇所には、改修予定があるのだろうか?木杭で印が付けられている。

         

見晴らしのよい所に六地蔵と、無縁仏を祀った観音様の石像がある。



小高見峰への踏み分け道の手前に可愛いお地蔵様が..

誰かが光背に毛糸の帽子をかぶせて顔のように見えるが、
本当のお顔は小さくて、ちびまるこのおじいちゃんのようなお顔をしている。

慶応4年(1868)3月に建立され前面台石に 4行の仏語が刻まれ、光背を持つめずらしいものだそうだ。

この鞍部からエントツ山さんは、竜山へ縦走したのだろうか?

それらしき道は見あたらず、どうやって登っていったのだろう??



1時40分(2時間50分)やっと法師越えに着いた。

南北朝時代、数々の修験者がこの峠を越えて金剛院の里に下りたと言われている。

正面には今日の目的地の猫山が、左に鷲丸山を従えて秀麗な姿を見せている。

此処でやっとコーヒーブレイクをし、あんパンを食べる。

金剛寺までもう少し...

続く
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